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POLICY

千年続け東吾妻
さいとう貴史の政策
教育から始まる大逆転へ

教育から始まり、観光で町が稼ぎ、医療の町として人を集め、人口増と経済循環を生み出す。この流れの先に、私が実現したい未来があります。安心して医療・福祉を受けられる町。安全で便利なインフラが整った町。公共交通が使いやすく、子育ての負担が限りなく軽い町。そして、
暮らすことに喜びと誇りを持てる町。

私は、この一連のストーリーを、机上の空論では終わらせません。これまでの実践で培ってきた経験をもとに、現実の政策として、一つひとつ実行していきます。東吾妻町の未来は、まだ閉じていません。厳しい現実と向き合いながらも、希望を形にする町政を皆さんとともにつくっていきます。

四つの柱が、一本の流れになる
「令和の関所」で人の流れを生み、
「令和の米百俵」で人を育て、
「医療を育てる町づくり」で定住を支え、
そして「アグリ・ルネサンス」で経済を強くする。
この四つの柱を一体で進めることで、 東吾妻町の未来を切り拓きます。
「令和の関所」プロジェクト
― 人・モノ・経済が集まる、新しい東吾妻の玄関口へ ―

江戸時代、東吾妻が最も活気に満ちていたのは「大戸関所」があった時代でした。多くの人とモノが行き交い、経済が動き、文化が花開いた。私たちにとって「関所」とは、決して制限ではなく、繁栄を生み出す装置でした。この歴史に学び、現代にふさわしい新たな経済拠点として、「令和の関所」を整備します。

その中核となるのが、建設が予定されている上信自動車道・植栗インターに直結する道の駅です。ここにバスターミナル機能を併設し、交通の結節点を形成します。自動車で訪れる観光客と、バスなどの公共交通で訪れる人の流れをこの一点に集約し、草津温泉・四万温泉、さらには軽井沢へと向かう広域観光のハブとして機能させます。 これまで「通過されていた町」から、人の流れを受け止め、滞在を生み、次の流れを生み出す町へ。ここは単なる休憩施設ではありません。人が集まり、情報が交わり、地域の価値を発信する“目的地そのもの”となる拠点です。つまり「令和の関所」とは、集客力の高い道の駅 × 交通結節点(バスターミナル)を一体化させた、現代版の関所です。

この拠点の柱に据えるのは、まず「防災」です。上信道という広域輸送インフラ、隣接する吾妻広域消防との連携、そして災害時に人と物資を受け入れられる立地条件。東吾妻は、いざという時に命を守る拠点となり得る、極めて高いポテンシャルを持っています。だからこそ平時から、防災意識と「生き抜く力」を育てる機能をこの場所に持たせます。 単なる施設ではなく、“命を守るために存在する拠点”として位置づけます。

そこで導入するのが、「忍者防災教育プログラム」です。忍者とは、ただの歴史的存在ではありません。自然を読み、危機を回避し、生き抜く知恵を体系化してきた、いわば“究極のサバイバー”です。東吾妻町には、その忍者文化が実在の歴史として根付いています。この「本物の知恵」を、防災という現代の課題と結びつけ、体験型の教育プログラムとして再構築します。
例えば

・地形や気象を読み危険を察知する力
・瞬時に判断し行動する避難力
・限られた資源で生き抜くサバイバル技術


これらを、子どもから大人までが楽しみながら学べる実践型プログラムとして提供します。学校教育との連携、観光プログラム化、企業研修への展開など、継続的に人を呼び込み、人材を育てる仕組みへと発展させます。平時には、学びと体験の場として人を集め、有事には、実際に命を守る拠点として機能する。 防災を軸に、忍者の知恵を“教育”として実装するそれが他にはない、東吾妻だけの価値です。

さらにこの拠点は、地域の資源を結びつける「経済の起点」となります。東吾妻が誇る野菜・果物・畜産・米などの農産物。それらの販売拡大とブランド化。加工品開発による付加価値向上。そして飲食業、建設業、観光業、サービス業へと、経済の波は多層的に広がっていきます。かつて大戸関所の周囲に人が集まり、村全体が賑わいに包まれたようにこの「令和の関所」を起点に、町全体へと経済の波を広げていきます。

この取り組みにより、年間数百万人規模の来訪と、数百人規模の雇用を創出します。そして生まれた経済は、一部にとどめるのではなく、町全体へと循環させます。農業へ、商業へ、サービス業へ。さらにその先、教育・医療・福祉・インフラへと還元され、持続可能な地域経営を実現します。

歴史の中で関所が果たした役割は、単なる通行管理ではありませんでした。人と経済を呼び込み、地域を潤す“装置”でした。その役割を、現代に再構築する。交通結節点として人を集め、防災と教育で価値を生み、経済の循環で町を支える
それが「令和の関所」プロジェクトです。

歴史の力を未来へ。東吾妻に、もう一度“賑わいの中心”を取り戻します。
「令和の米百俵」プロジェクト
― 教育で人口を増やし、経済を動かす ―

町の未来を変えるために、私が放つ“二の矢”は、原点回帰・教育です。東吾妻町の原点は「人づくり」にあります。この地には、一万年以上にわたる教育の歴史があります。縄文後期のハート形土偶。それは役に立つ道具ではなく、正解のない想いを形にした、人間の感覚と表現の原点です。原町・大宮神社の社宝「蕨手刀」もまた、力を誇示する武器ではなく、自然に適応し生き抜くための知恵の結晶でした。争わず観察し、考え工夫する。この一万年の積み重ねこそが、東吾妻の「教育」です。しかし私は、単に「教育をやります」とは言いません。教育を、産業と誇りの源として位置づけます。歴史を見れば、地域が困難に直面したとき、未来を切り拓いたのは常に教育でした。上杉鷹山による米沢藩の改革。長岡藩の「米百俵」の精神。平成の世では隠岐島前高校魅力化プロジェクト。目先の利益ではなく、未来への投資を選んだとき、地域は再生してきたのです。東吾妻町もまた「教育」で活路を拓きます。私はこの取り組みを「令和の米百俵」プロジェクトと名付けます。

東吾妻にしかない教育をつくる。この町の教育は、新しく“作る”ものではありません。すでにあるものを、現代に蘇らせるだけです。その核となるのが、二人の教育者の思想です。

① 小林宗作先生「感じる教育」
東吾妻町出身の小林宗作先生。リトミック教育の先駆者であり、幼児教育の革新者です。小林先生は、子どもを「教えられる存在」ではなく「感じ、動き、表現する存在」と捉えました。風の音、川の流れ、身体の動き。自然の中でリズムを感じること。その積み重ねが考える力の土台となり、表現する力となり、人と人をつなぐ力になります。私はこの思想を、町の幼児教育の柱として再構築します。東吾妻町を、全国でも類を見ない“特別な幼児教育の町”へ。それは子育て世代の流入を生み、「この町で子どもを育てたい」という選択をつくります。

② 石坂荘作先生「社会に還す精神」
もう一人、原町出身の石坂荘作先生。台湾で成功した企業家でありながら、利益を社会に還し続けた人物です。成功を自分のものにせず、社会の未来へつなげる。この精神は、これからの東吾妻町が「稼ぐ町」になるための根幹です。子どもたちが、お金の意味、起業家精神、社会への責任を学ぶことで、将来、地域経済と福祉を支える人材が育ちます。

教育は人口を増やす戦略である
私は、教育を理想論では終わらせません。幼児期に「感じる力」を育て、成長とともに「考え、工夫する力」を養い、やがて「社会に還す力」へとつなげる。この一貫した人づくりが町の価値そのものになります。「教えない育つ教育」がブランドとなり、子育て世代を呼び込み人口を増やします。教育は、最大の人口政策です。

教育が未来をつくる
百俵の米は、食べればなくなる。しかし教育に使えば、未来を生む。教育は文化を育て、産業を生み人口を増やし、町の未来そのものをつくります。

教育から東吾妻町の再生を
私はこの信念を胸に、この町の次の時代に責任を持って挑戦します。
「医療を育てる町づくり」
― 教育と医療で人が集まる町へ ―

三の矢は、再び「教育」です。しかし今度は、医療と福祉を支える人材を育てる教育です。教育・人づくりは人口を生み、観光と経済を生み、そして最終的に、住民福祉の充実へとつながります。その要となるのが、地域の宝、日本赤十字原町病院です。

現在、この地域医療は大きな課題を抱えています。それは看護師不足です。看護師の数は、そのまま病院の機能に直結します。ベッド数、診療体制、受け入れられる患者数、すべてが看護師の確保に左右されます。つまり、看護師が不足すれば地域医療は縮小する。逆に看護師が確保できれば、地域医療は充実する。非常にシンプルで、しかし極めて重要な課題です。東吾妻町は毎年約6,000万円の補助を行っています。それでもなお、人材不足は解消されていません。だからこそ発想を転換します。外から人を“確保する”のではなく、この町で人材を“育てる”。

東吾妻町と日本赤十字原町病院が、これまで以上に関係を深化させ、未来の看護師・医療人材を地域で育てる教育政策を立ち上げます。これは、まさに「医療版・米百俵」です。

学びと現場が直結する町へ
医療・福祉職を目指す若者にとって、最も重要なのは「現場での学び」です。そこで、病院と連携した実践型の教育環境を整備します。学びながら現場に触れ、現場で働く姿を見て自分の将来を具体的に描ける。そんな教育の仕組みを、この町につくります。

群馬原町駅周辺を「医療教育の拠点」に
その中心となるのが、群馬原町駅周辺です。駅南エリアを計画的に再整備し、病院と連携した教育機能を集積させ、地域全体を“学び舎”へと進化させます。学生が行き交い、学び、交流し、やがてこの町で働き、暮らす。医療と教育が一体となった、新しい人の流れを生み出します。

人材育成が人口と活気を生む
地域の人材を地域で育て、地域の医療・福祉を支える。その若い人材が、新たな交流人口を生み町に活気をもたらします。さらに医療・福祉分野にとどまらず、多様な人材が集まり、町全体の人口増へとつながっていきます。「学ぶために来る町」から「働き、暮らし続ける町」へ。

関所と中心市街地、二つのエンジンで回す
「令和の関所」が外から人の流れを生み出す拠点なら、この医療教育拠点は、町の中心部に人を呼び込む拠点です。観光と交流の拠点である関所と、定住と人材育成の拠点である中心市街地。
二つのエンジンで、東吾妻の経済を回します。
「東吾妻アグリ・ルネサンス」
― 農業を、町を支える基幹産業へ ―

東吾妻町の将来を力強く支える最後の柱として、「東吾妻アグリ・ルネサンス」を掲げます。この町の農業は、大きな可能性を持っています。清らかで豊かな水。肥沃な土壌。そして高い技術と誇りを持つ生産者。米・野菜・果物・食肉、いずれも高い品質を誇り、特に米は全国の品評会において、毎年のように高い評価を得ています。東吾妻の農業は、すでに“強い”。しかし、その力はまだ十分に発揮されていません。このポテンシャルを最大限に引き出し、農業を町を支える基幹産業へと進化させます。

生産力を高める土地と技術への投資
まず取り組むのは、生産基盤の強化です。農地の集約化や基盤整備などの土地改良を進め、効率的で持続可能な生産体制を構築します。さらに、スマート農業技術の導入や農業機械の整備支援を進めることで、作業の省力化と生産性の向上を実現します。高齢化や担い手不足という課題に対し、「少ない人でも、より強く稼げる農業」へと転換していきます。

価値を高めるブランド化戦略
次に、「東吾妻産」の価値を明確に打ち出します。単に“良いものを作る”だけではなく、それが正しく評価され、選ばれる仕組みをつくります。品質の高さに加え、安全性、環境への配慮、そして生産の背景にある物語。これらを一体として発信し、「東吾妻ブランド」として確立します。価格ではなく価値で選ばれる農業へ、ここに大きく舵を切ります。

人を育てる次世代農業の担い手づくり
農業の未来を支えるのは、人です。新規就農者の受け入れ支援や研修体制の充実により、地域内外から人材を呼び込みます。若手生産者が挑戦しやすい環境を整え、技術や知識を次の世代へと継承していきます。「東吾妻で農業をやりたい」そう思われる町をつくります。

売る力を強くする関所とつながる販路戦略
そして、生産したものを確実に“売る”仕組みを強化します。「令和の関所」プロジェクトをはじめとした拠点を活かし、観光と連動した販売を推進します。さらに、首都圏への販路拡大、直販やECの活用など、多様な流通モデルを構築し、安定した収益基盤を確立します。つくる力と、売る力。その両輪で、農業を“稼ぐ産業”へと進化させます。

農業が町の未来を支える
これらの取り組みを一体的に進めることで、東吾妻町の農業は次のステージへと進みます。農業が地域経済を支え、雇用を生み、人を呼び込み、町全体の活力を高めていく。農業は、この町の「原点」であり、同時に「未来」でもあります。